篠原 尚之 (著)
2018年の日本、経済環境を見れば、株式や不動産に代表される資産価格は高原状態を維持し、企業の採用意欲も強く、金融機関の貸出姿勢も活発、まさに泰平の春を謳歌している状態です。
しかし十年一昔。かつて日本を含む世界の経済は凍てつき、崩壊の恐怖に震えていたのです。
今回取り上げる作品は、その世界を凍りつかせた金融危機に際して財務官という立場から危機の収拾・打開に奔走した篠原尚之氏の回想録です。
本書の構成は全6章からなり、まず前半3章では、パリバ・ショックで狼煙の上がった世界金融危機がリーマン・ショックというクライマックスを迎える中で日米欧の金融当局がどのように動き、対処しようとしたかを外連味のない抑制の利いた筆致で描き出しています。
その中で個人的に気になったのは、緊急経済安定化法案を巡る米国側からの説明にあった「巨額の報酬を享受してきたウォール・ストリートとメイン・ストリートとの対立の図式」という一文です。
かつての日本でも銀行の不良債権処理に当たって公的資金を投入するか否かの議論が白熱しましたが、米国でも同様の対立が生じ、さらにその対立がティーパーティー運動やウォール街占拠運動を経て、2016年大統領選やその予備選における自称「民主社会主義者」バーニー・サンダース氏の善戦、そしてグローバル化の恩恵から取り残された中西部の「忘れられた人々」の支持を勝ち取ったドナルド・トランプ氏の当選として政治を突き動かすに至ります。
今現在、米国大統領となったトランプ氏の言動に大きく右往左往される世界に生きる人間として、同大統領を支えるものの根深さを改めて考えさせる一文でした。
続く後半3章では、金融危機再発防止に向けた様々な取組を紹介する他、人民元国際化の動きやアジアインフラ投資銀行設立についても触れており、危機後の国際金融における中国のゆっくりとした、しかし着実な存在感の拡大を感じさせます。
「故きを温ねて新しきを知る」とは孔子の言葉ですが、かつてあった危機を振り返り、今後の金融市場の在り様に思いを馳せようとする時、本書は良いパートナーとなってくれるのではないでしょうか。
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